蔭山克秀氏
遅々として進まない女性の社会進出。産業界には、「2020年までに、社会のあらゆる分野で指導的地位を占める女性の割合を30%にする」という政府の目標は画に描いた餅だ、と諦める雰囲気すら漂っています。
代々木ゼミナールで現代社会、倫理、政治経済の教鞭をとり、学習参考書だけでなく、一般向けのベストセラー経済書の著者でもある蔭山克秀さんは、「状況を改善するには社会制度の改革そのものが必要」と考えています。その具体的方法として注目されているのが「クォータ制」の導入です。日本では聞き慣れないこの制度の、世界における現状と、それを日本に定着させるための課題について伺いました。
■政府が掲げる女性の社会進出の目標達成は絶望的
――「プレジデント・ウーマン」への連載など、ジェンダー問題にも詳しい蔭山さん。女性の社会進出について、現状をどう見ていらっしゃいますか。
政府が掲げた「2030(ニイマル・サンマル)」という目標があります。これは、
1.国会・地方議会議員
2.企業や団体で課長以上の職にある者
3.専門性が高い職業に従事する者
これらに女性が占める割合を、2020年までに30%に引き上げるというものです。
実態がどうかというと、衆議院における女性議員比率は10.2%(IPU(列国議会同盟)調べ)、企業の女性管理職の割合は、7.2%(帝国データバンク調べ)と、いずれも先進国では最下位の数字となっています。「2020年までに30%」という目標達成は、事実上相当難しいと言えるでしょう。
――背景にはどういう問題があるのでしょうか。
かなり根の深い話で、かいつまんでお話しすることは難しいのですが、大きな問題は、日本社会が、組織の要職を男性が占める「男権社会」になっていて、女性の希望や意見を軽視し、汲み取ろうとしない社会システムになっていることです。今のままで問題がなければ、無理をしてまで女にポストを与える必要はないという暗黙の了解があり、そのもとにあって、社会進出面で絶対数の多い男性の論理が強いという状況になっている。これでは、女性の働き方改革が遅れるのは当たり前です。
――日本のジェンダー問題では、必ずぶつかる壁ですね。
なぜそういう社会になっているのかというと、ずっと昔から日本人の精神に刻み込まれてきた、儒教思想に含まれている「男尊女卑」の考え方の影響が大きいと思います。
江戸時代の有名な朱子学者(儒教思想の1つ)に、貝原益軒という人物がいます。その彼が著した「和俗童子訓」には、「三従の徳」という考え方が紹介されています。「幼にしては父兄に従い、嫁しては夫に従い、夫死しては子に従う」。これが女性のあり方であり徳である、というものですね。
――聞いたことがあります。
当時の封建的家族制度にあって、儒教精神は、男性の家長に妻子や家族が付き従う社会システムの維持に都合が良いものでした。その仕組みは明治時代の戸籍制度に「家制度」として受け継がれ、昭和にまで至ります。そこでは女性は男に付き従う"無能の性"で、家に篭って家事をするものと考えられました。逆に男性は、家のことを妻に任せて外で働き、一家を支える役割を担ってきた"有能の性"というわけです。先ほど言った「男権社会」は、このような長期にわたって作られてきた日本人の精神風土、それに基づいた社会構造に根本を持っている、というのが僕の考えです。これは非常に強固なもので、表面的な法改正や、根拠を持たない目標設定などで覆せるものではありません。
■女性のリーダー数を国のトップダウンで引き上げる「クォータ制」
――なるほど。根深いですね。
さらにそこに、近年の社会状況も加味して考えれば、景気が低迷していることも影響していると思います。今はみんな、賃金が上がらす生活が苦しいので、社会的弱者である女性にまで気が回らないというか。つまり「社会に出られない女性も可哀想かもしれないが、安月給で一所懸命働いている俺だって可哀想なんだ」という余裕のなさですね。
――どのように解消できるでしょうか。
本気で考えるなら、国を動かして、法律、できれば憲法の定めを背景に女性の社会進出を後押しし、加速していく必要があると思います。国が主導して、トップダウンの社会制度改革を推進するところまでやらないと、状況は変わっていかないでしょう。
――そこまで大きく舵を切ることができるでしょうか。
可能だと思います。むしろ日本の考え方が、国際社会と比べて遅れすぎです。国際社会では現在、ある制度が多くの国で採用され、状況が改善されてきています。それが、今日お話しする「クォータ制」というものです。
――どのような制度なのか、教えてください。
クォータ制の発祥はノルウェーで、その後ヨーロッパの国々から世界に広がりました。さらに1990年代からは、発展途上国や国情の不安定な国に対する国連の指導に盛り込まれ、今日では非常に多くの国々で採用されるに至っています。
クォータ制とは大雑把に言えば、国の人口比をカウントし、それに基づいて議員や管理職の一定割合を女性に振り分けるという制度です。この考えに基づくと、多くの国で男女の人口比がほぼ1:1である以上、男性と同等、あるいはそれに匹敵する数の女性を、社会の要職に就けなければならないことになります。これは現状を打破するひとつの方策として、有効だと思います。また、ここではジェンダーギャップ対策に限ってお話ししていますが、この制度の適用範囲はもっと広く、人種、民族、宗教など、多岐にわたって社会的弱者を守り、ダイバーシティを実現する仕組みとして考えられたものです。
制度の導入には2パターンあって、
1.選挙法など、制度に関する法律を新設・改正するもの
2.政党や企業が、綱領や社内規定などに明記して制度を行うもの
に分かれます。
――クォータ制を採用している国は多いのですか。
「先進国クラブ」とも呼ばれるOECD(経済開発協力機構)加盟国では、いち早くノルウェーがクォータ制を取り入れ、今ではアイスランド、スウェーデン、フランス、ドイツ、イギリス、メキシコ、チリ、イスラエル、韓国など32カ国が採用しており、採用していない国は、アメリカ、ニュージーランド、トルコ、日本の4カ国だけです。
途上国でも、ルワンダ、ケニア、ウガンダなどのアフリカ諸国、政情不安を抱えた南米の国々、イラクやアフガニスタンといったイスラム文化圏の国など、多くの国々が国連の指導に基づき、民主化の一環としてクォータ制を採用・導入しています。
■採用・不採用をめぐる各国のお国事情
――ノルウェーでは、どのような取り組みがなされたのでしょうか。
オスロ大学の教授で、ノルウェー左派社会党の党首でもあったベリット・オースが提唱したのが始まりと言われています。その後、1978年に制定された「男女平等法」で、公的機関の各種委員会や審議会の要員を選ぶ際、「男女それぞれの性が構成員の40%以上選出されなければならない」と定められました。
状況が大きく変わったのは、1981年、労働党の女性首相グロ・ハーレム・ブルントラントが実施した改革です。それまでは公的機関に限定されていたクォータ制を一般企業に拡大し、「役員の40%以上を女性にすること。これを行わなかった企業の上場を廃止する」という強硬な法律を作ったのです。これに対してかたくなに女性の登用を拒んだ何社かは、実際に上場を廃止されたといいます。さらに、男性の育児休暇を強制化する「パパ・クォータ制」を取り入れました。
――大変な行動力ですね。
行きすぎな面もあったかもしれません。実際彼女は翌年、選挙に敗れて首相を退任します。しかしクォータ制はその後も維持され、ノルウェーでは1986年、首相を含め閣僚の40%が女性、という内閣が発足しました。現在もノルウェーはクォータ制先進国のひとつとして、世界をリードしています。
――北欧でクォータ制が広がった理由は何でしょうか。
調べたわけではありませんが、ノルウェーをはじめスウェーデン、フィンランド、デンマークといった国々は、社会民主主義に立脚した福祉国家群です。そのため、弱者救済というクォータ制の理念に国民の意識がなじみやすく、抵抗感少なく採用に至った可能性はあります。
――儒教とは無縁のヨーロッパでも男尊女卑だったのはなぜでしょう。
そこには「騎士道精神」が影を落としています。つまり「女性はか弱いものだから、男が守ってやらなければならない」という発想です。一見美しい考え方ですが、その根底には「男性は強い=上、女性は弱い=下」という差別意識が見え隠れします。その結果、イギリス、フランス、ドイツなどは、日本と同じように女性を家に閉じ込めてきた歴史をたどってきたのです。
ただ、これらの国々はその後、状況を打破するために男女の不平等をなくす法整備に着手し、その具体的なあり方としてクォータ制を位置づけ、実現させています。そこが儒教精神から抜け出せない日本と違うところです。
――先進国の筆頭であるアメリカも、クォータ制を採用していませんね。
アメリカの場合少し違って、彼らは「自由の国」の国民であるがゆえに、フェアな自由競争を行うことをひとつの美徳と考えています。そのため、弱者を強者が救済するという考え方が、そもそも希薄なのです。だから女性が社会的弱者の地位に追いやられていても、それを救済するという方向には進まなかったのではないかと思います。
しかしそんなアメリカで競争を生き抜き、リーダーになった女性は大勢います。アメリカの女性議員の比率は、日本の優に2倍以上です。企業でも、多くの女性がリーダー、マネジャーの任に就いています。
■日本にクォータ制を根づかせるには
――クォータ制を目指すなら、女性が積極的に政治参加することが不可欠になりますね。
その通りです。具体的には2点。一つは投票行動、もうひとつは政治勢力、政治的組織の確立です。投票所に足を運ぶだけでは足りません。「自分の希望を実現してくれる候補者は誰か?」を主体的に考え、自分の意思と価値観に基づいて投票する必要があります。まず女性の候補者に入れるとして、たとえば2つの政党から女性候補者が立候補していたら、どちらを選ぶのか。この時、何も考えずみんなと同じ候補者に票を投じたり、まず支持政党ありきで投票したりというのはよくありません。
――それは男性も同じだと思います。
しかし実際投票するにしても、そもそも各政党の女性候補者の絶対数が少なく、多くの地域で女性票を獲得する受け皿ができていないという問題もあります。
2019年の最新データでは、共産党、社民党、立憲民主党などの革新系野党では女性比率が20~25%と比較的高くなっており、ある意味、クォータ制に近い比率で候補者を立てていますが、保守系政党では軒並み女性比率が10%を切っています。これはよくないですね。とくに自民党は7.8%と悪い数字で、これではいかに他の政策がよくても、クォータ制には後ろ向きな政党なんだなととらえられても仕方ありません。
――もうひとつの「政治的組織の確立」とは?
まずは、女性の声を社会や政権与党に強く訴える圧力団体をつくることです。つまり数多くの女性で組織された団体が、与党に対して「選挙の際、票集めに協力してあげるから、その見返りとしてクォータ制を実現させてくださいね」と働きかけるわけです。ゆくゆくはそこから政治勢力を独立させ、党として候補者を擁立して選挙に臨み、最終的に議会や企業のクォータ制の法制化が実現するのが理想的な流れでしょう。
――賛同する人々の数を集めることが必要ですね。
数は重要です。農協や経団連、各種業界団体のあり方を見ても、組織票として政権維持に貢献していますよね。そこに「女性」という新しい軸を持った勢力が加わることで、社会を変革していく可能性が生まれます。そのためには、高い意識と能力を持って、自ら議員として頑張ろうという人ばかりでなく、投票行動によってそれを後押しする人たちの協力が必要になります。圧力団体というと怖そうですが、組織としてはNPO法人的なものになります。そう考えてもらうと、メンバーとして参加しなくても、呼びかけに応じて投票するハードルは下がるのではないでしょうか。
――女性リーダーを増やすと男性の登用が減ることになります。これは逆差別になりませんか?
おっしゃる通りです。能力が同等でも女性が優先されて重職に推されることになりますし、場合によっては、能力的に劣る女性が男性よりも優先されて登用されるケースも出てくるかもしれません。しかしクォータ制は「ポジティブ・アクション」(積極的是正措置)、すなわち「過去の差別を是正するための、一時的な逆差別」の一種ですから、ここで発生する逆差別は社会制度改革にともなう痛みであり、どこかの世代、あるいはどこかの階層の男性が必然的にそれを負うことになります。クォータ制を採用した段階で、これらの逆差別は一定期間続く。そこまでを織り込んだ制度改革だということです。
■女性の負担に薄々気づいているのに知らないふりの男性たち
――日本でアクションを始めるのは今が好機だと?
日本は「女性差別撤廃条約」という国際条約に署名しており、定期的に国内で女性差別が是正されている経過報告をする義務がありますが、冒頭に言った「2020年に30%」という目標がクリアできていないという問題があります。じつは、そのことで日本は再三国連からの勧告を受けているのです。
――知りませんでした。
これは一種の外圧ですから、これに呼応する形で国内の女性が声を上げることで、状況が変わるきっかけになるかもしれません。
あと、女性議員の数を増やすという点では、韓国の取り組みが参考になります。韓国というと、まさに儒教の国であり、今も男尊女卑が強いと思ってしまいがちですが、じつは韓国の女性議員比率は14%ほどで、日本を大きく上回っています。
何をしたかというと、彼らは選挙に際して、比例代表名簿の30%あまりを女性候補者で占めたのです。それによって、有権者が比例区の支持政党を決めた時点で、一定数の女性候補者が当選することになります。どうやら韓国では、1990年代にそれまでの軍事独裁政権が打倒され、金泳三~盧武鉉政権下で民主化が進んだとき、潮目が変わったようです。そこから女性の考えも聞くべきだという風潮が生まれ、広がっていったと思われます。
――クォータ制の採用・導入をめざすNPOは、どんな主張をすべきでしょうか。
重要なポイントは、肩に力を入れすぎないことだと思います。「打倒、男権社会!」みたいな居丈高で戦闘的な主張では、男性どころか女性の多数派からも支持が得られないということです。スウェーデンに、「フェミニスト・イニシアティブ」という政党があります。これは世界初の女性のための政党なのですが、主張・活動ともに男性社会に対する強硬姿勢が反発を受け、議席の獲得に苦労しているようです。それを避けるためには、あくまで女性をターゲットとして、「皆さんの政治参加、ご協力でこんなことができようになります。こういう好ましい社会に近づきます」といった、ソフトで肩に力の入らない呼びかけを中心にするべきだと思います。
――行き過ぎてはいけない。難しいですね。
でも時として、強硬手段が功を奏することもあります。1975年、アイスランドでは複数政党や女性団体の呼びかけに応じて、じつに働く女性の90%が参加し、「仕事・家事・育児を放棄する」ストライキが行われました。このストライキは「女の休日」(Women's Day Off)と呼ばれ、街にはスーツ姿で赤ん坊を抱き、おろおろしながら会社に向かう男性の姿が見られたといいます。これを起点として、男性の家事や育児への参加が高まり、クォータ制への道筋という意味でも意義深かったと言われています。
――今の日本では、ストライキは過激な行動とみられてしまうかもしれません。
ストライキは憲法で保障されている国民の正当な権利ですから、企業や政府が差し止めることはできません。このように、穏やかで共感できる主張に交えて、1つくらい正当な権利行使をして、女性の苦労を男性に「知ってもらう」ことも、僕は悪くないと思っています。
日本の男性の多くは、日常的に大きな負担を、女性、とくに働く女性に背負わせて日々生活していることを知らないか、あるいは薄々気づいているのに知らないふりをしているか、どちらかです。女性の行動によって意識が共有されれば、家のことを放り出して会社に通う方がどれだけ楽か、週末何もせずに休んでいられることがいかにありがたいことかを知る、いいきっかけになるのではないでしょうか。
■お気に入りの記事はこれ!
石原加受子さんの「マウンティング上司」の記事が面白かったです。出てくる上司のタイプがいちいちリアルで、分析も的確。読んでいて、いい意味でめちゃくちゃムカつきました(笑)。
石原先生は対処方法まで含めて、本当によく考えていらっしゃる。言葉のチョイスも無駄がなく、とても切れ味鋭い分析で、爽快でした。物事を、ちょっと距離を置いて見たとき生まれるユーモアって、いろいろな状況や人間関係の潤滑油になると思います。マジメ過ぎると、距離を置くのが難しい。じつは今、僕の妻が会社で「脳幹タイプ」の上司からマウンティングされて困っています。さっそく彼女にも、この記事を読むように勧めてみます。読むだけでも相当救われる部分があると思います。
あなたの職場にもいる「マウンティング上司」に負けないための傾向と対策~オールイズワン 代表 石原 加受子氏インタビュー~
蔭山克秀氏 (著書とともに)
本業は予備校講師の蔭山さん。集まってきた学生に「教えてやる」立場なのが大学教授だとしたら、予備校講師は、授業の魅力を受験生にアピールして「習いに来ていただく」立場だと言います。「自分に必要なのは、手厚い受験指導+サービス業の精神」と言いきる蔭山さんのお話は非常に明快。わかりやすく的確な語り口に「プロフェッショナルの仕事」を見た思いがしました。
プロフィール
蔭山克秀(かげやま かつひで)
代々木ゼミナール公民科講師
1968年愛媛県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。塾講師などを経て1997年より代々木ゼミナールで教鞭をとる。「現代社会」「政治・経済」「倫理」を指導。3科目のすべての授業が「代ゼミサテライン(衛星放送授業)」として全国に配信中。日常生活にまで落とし込んだ解説のおもしろさで、受講生の人気を集めている。経済史や経済学説に関する著書はベストセラーに。
著書
経済史入門(大和書房)[外部リンク]
経済学の名著50冊が1冊でざっと学べる(KADOKAWA)[外部リンク]
ほか、学習参考書など多数。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2019年6月7日